雪に閉じこめられて・・・


 このところ、気象に関して「経験したことのない〇〇」という言葉を何度も耳にしている気がします。彦島も暮らし始めて30年近くなりますが、まさに経験したことのない積雪☃️に、丸3日家に閉じこめられていました。
 東北、北陸など雪国と言われる地方でも、経験したことのない大雪に見舞われて、生死に関わる大変な苦労をされている様子が報道されています。
 これも、スウェーデンの若き環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが危機感あらわに訴えてきた、地球規模の気候変動による異常気象なのでしょうね。人間が快適な生活を求めて、文明を発展させてきたように思っているけれど、その一方で、まるでその発展に対する自然からの報復のように、夏の集中豪雨や巨大台風、そして今回の大雪と、異常な現象が起こって・・・😰自然の前に人間の非力さを見せつけられているというのが実感です。
 快適に慣れると、不便さが耐えきれなくなります。便利さを追い求めて走り続け、たどり着いた令和の時代。この雪に閉じこめられて、ぼんやり考えています。
 戦後10年目の昭和30年生まれのまさこ。水道もガスもない生活を経験として身体で知っています。台所が、家の中とはいえ土間にあって、そこには井戸のポンプがあり、バケツ🪣で水を汲んで風呂に入れてたのをなんとなく覚えています。風呂焚きは、もちろん焚き口に座り込んで木をくべて😅五右衛門風呂でした。ご飯も竃で炊いて、お櫃におちていました。不便だったあの頃、いったいどうやって生活していたのか、もう思い出すことが難しくなっています。
 水道の蛇口をひねって風呂の湯を張り、給湯器が勝手にお湯を沸かし、炊飯器でご飯を炊いて、洗濯機で洗濯して乾燥機で乾かして・・・。この生活に慣れきって、忘れていったことだらけ。もうあの頃には戻れない。
 働いている頃、「この便利さって、時間をお金で買ってるようなものなんだよね?」と自分に言い聞かせるように、よく口にしていました。お金でなんでも解決しようとすることに対して、なんとなく抱いてしまう罪悪感のようなものをごまかすかのように。
 今になって、その罪悪感は、一昨年かのポルトガル🇵🇹で出会った、自作プラカードを手に広場に集まっていた若者たちが声にしていたこと。「地球規模の環境問題」につながる不安だったのではないだろうか?と思ったり。
 この便利さを享受しながら、環境問題に誠実に向き合うことはできるのだろうか?何をどう整理したらいいのだろうか。出来ることは何なのだろう・・・。うーん🧐
 さて、現実に戻って、雪に閉じこめられて4日目の今日。どうしてもプリウスを運転して出かけなければならないことがあって、昨日のうちに車を覆う雪は全て払い落とし、車のタイヤの前の雪かきはしておきました。
 けれども、いざ出かけるとなると、道路に積もった雪が踏み固められ、凍ってツルツルになっている中での運転は恐怖以外のなにものでもありません😱
 若い頃、あんなにスキーに狂って雪道をバンバン走ってきたのに😰あの勢いはどこへ行った???そういえば、昔は、スパイクタイヤだったなぁ。その上にチェーンを巻きつけて、ガリガリだろうがツルツルだろうが平気!イケイケだった、あの頃の恐れを知らぬまさこは、今はどこ???
 とはいえ、緊張しながら、ゆっくり発進。クリープ現象を利用して、アクセルは踏まないように心がけて。それでも、ガリリ、ズルッと嫌な音にビクビクしながら、なんとか用を済ませて無事帰ってきましたが、身体はガチガチで久しぶりに肩も凝っているような。
 便利さの極みの車社会。こんな恐怖を体験しても足を洗う日は、まだまだ先かなぁ〜😅
 風呂に入って、身体をほぐしながら「早く晴れて、雪を解かしてほしいなぁ〜」と、見えない太陽☀️に向かってつぶやいています。
 
 天気予報は、夜からまた雪☃️マークが😱
 てぃだに行けるのは、まだまだ先だね〜。たまやのハムマヨもしばらくお預けかーー💦