板垣死すとも自由は死せず

   歳をとると昔の出来事を懐かしく思い出す時間が増えてくるものです。辛いこと、苦しいことは数え切れないくらいたくさん経験したのに、思い出すのは、不思議と楽しい思い出ばかり。
   人間の脳は、嫌な思い出をかき消して、生きていくエネルギーに変えて行くのだろうか?と思えてきます。
   
   まさこは大学時代の4年間を高知で過ごしました。
    高知駅に降り立つと、駅前からまっすぐに伸びる道路に沿って、背の高い椰子の木々🌴が並んで立っているのが目に飛び込んできます。ああ、南国土佐に来たんだなぁ〜としみじみ感じたことを思い出します。
    出会う人出会う人、明るく元気で屈託なく、女性も男性もよく酒を飲み、よくしゃべる。そんな高知の風土は、まさこにぴったりでした。
    高知の夏は、カラッとしていて日影に入ると涼しいんだよ〜と、誰からともなく聞かされていましたが、夏はやっぱり暑かった😥
   かのこさんと出会ったのももちろん高知でした。私たちが通った高知女子大学は、高知城🏯のすぐ下にあったので、お城がキャンパスと謳われて自慢にしていました。クラスのランチ会やサークルの花見会もお城の公園。友人たちとちょっとした時間にもお城の周りを散策したものです。
    お城の周辺には、「板垣死すとも自由は死せず」の言葉で有名な、自由民権運動の主導者板垣退助の像がありました。当時の高知は革新県政で、学生生活にも、自由で伸び伸びとした空気が流れていたように思います。でも「恋」はしませんでした🤣女性だらけの4年間の学生生活は、文学の研究とサークル人形劇団「わらわべ」の活動が中心でした。想像もできないまじめな時代でしたし、今のまさこの基礎がしっかりと作られた時代でもありました。
    高知女子大学は、つい最近、県立大学へと姿を変え、懐かしい校舎も取り壊されたと聞きます。

    卒業して、すぐに山口県の中学校教師になったまさこにとって、高知は遠く、なかなか行く機会はありませんでした。
    
    さて、今回のブログの画像は、その高知で撮ったものです。
    東京で、超多忙な日々を送っているはやとさん。金曜の夜の✈️で高知へ。翌土曜日に仕事を済ませて夕方の✈️で東京のマンションへ帰宅。左側が、土曜日の朝の散歩の途中撮ったと送られてきた板垣退助の像です。
    右側は、1987年。つまり32年前のもの。
    板垣退助の真似をしているのは若かりしはやとさん。ちなみにヒゲの代わりに当時まだ吸っていたタバコを鼻にさしています!そして、下で拍手しているのはまさこ。教師仲間との高知旅行での思い出画像です。まだ2人は付き合いもしてませんでした。
    はやとさんは、そんなことしたかなぁと、すっかり忘れていましたが、写真は嘘をつきません!証拠として、送っておきました😅

     歳を経て忘れ去られていく思い出の数々。消えた分、増えていく新しい思い出。消しては作り、消しては作り・・・今の自分がいます。
    たまには、古きアルバムを開いて、振り返ってみる時間もあっていいかも☺️そんな気持ちになりました❣️